カテゴリ:俳句( 158 )

入選100句達成^^v

おきてがみ









本日、入選100句達成と相成りました~^^v

各駅停車のもたもた運転の俳句人生

熱しやすく冷めやすいmakoがここまで続けてこられたのは

やはり17文字が好きだから^^v



その入選句はと言うと2句もありました、なので、本日を持ちまして100句に達しました

1句は秀逸で採っていただきました~^^v

句意に付いてはまた後日談で^^。

昨日、愛しの彼らに誕生日を祝って貰いましたので

彼らの目線でそのことも書いてみたいし

あれもこれもと書く作業がメジロ押しになってきました^^♪

これで句集編集も一気に拍車をかけなければ~^^v

今回も

どなたにでも解り得る平明な語彙でもって書いていますので

皆様でいくらかその景を想像してみてくださったらうれすぃ~でございます^^。

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by kondoumako | 2014-06-26 09:41 | 俳句

角川平成俳壇3月号入選句 『障子』

おきてがみ






先月の2月号は投句を忘れていたのですが

3月号は何とか1句の入選になりました

これで100句まで残すところあと3句になりました

人事俳句を得意とする私ですが

そこから抜け出すごとくに花鳥風月も取り入れてきました

そうするとやはり入選に遠のいてしまうので

ここはやはり人事俳句を1句入れてみようと思ったのが正解でした

と言うことで、これからは良くも悪くも人事を1句から2句は投句していこうと思っているところです



父母の結婚は以前にも書いたようにかけおち婚だと言うことでした

もっと言えば、母は押しかけ女房だったのです

「迎えに来て」と電報を受けたのは父であって

列車に飛び乗った母が車中から打ったものでした

そんな二人の間に生まれた私でした

私から見れば母の情熱が羨ましくもあり、祖母の気持ちになれば複雑なものがあります

その祖母は子供の私たちから観ても女優さんのようで品のある人でした

どうやら美人特有の冷たさばかりではなかった理由がそこにあったのでした



悪いのは父であって父は片身の狭い思いをしていたようです

父の不機嫌なところも幼心に観てきたのですが

それでも元来ユーモアのある父は時に母を笑わし仲睦まじいところを

みると嬉しいものでした

ほどなくして母は病気で他界してしまいましたから

数少ない思い出の中の一コマを詠んでみました



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by kondoumako | 2014-02-25 16:53 | 俳句

2014年度1月号角川平成俳壇推薦入選


うふふ~何と3ヶ月ぶりの入選でした

しかもいきなり「推薦」となりました

この句には感情移入も何もありません

ただ観たまんまの実景です

人事俳句を得意とする私にしては珍しい句だと

自分でも思います


では、どうして佳句、しかも推薦になったのでしょうか^^v

選評はこうでした

 ☆ 家の中とは限らない。廃屋の露わになった土壁でもいい。

   穴にどんぐりが詰めてある。その常為が防水や目張りを

   意図するわけではない。落ちているどんぐりを拾って何気なく

   ひょいと詰めたのだ。格別の意図を持たないそういう行為が

   人の所作の意外性と本質を映し出す。




今井先生は「意外性のある句」をお採りになる撰者先生でもあります

しかもご自分があたかも観てきたような選評をくださるので参りました^^♪



さて、その句意はと言うと

遡ること私の幼少の頃になります

もっと遡ること、父母の結婚のことに触れておかなければなりません

母は、兄弟姉妹こそ多い家庭に育ちながらもある意味お嬢育ち

そんな母が破天荒な父に惹かれ半ば駆け落ち

いえ、押しかけ女房さながらの結婚生活が始まったようです

その9年後に私が生まれたと聞いていました

放とうの旅をしていた二人も私の誕生を機に新居を構えたようでした

新居と言っても故郷の親戚を頼って畑の端にある農小屋のような家に住んでいたのでした

父の元の家は親戚に売り払い、もう戻る所は無かったのです

私が物心付いた時には、粗壁がむき出しになった粗末な6畳一間の

裸電球の下での暮らしでした

後に、或る家が本当の家だと聞かされていましたが

父の生い立ちを知っている私には昔話の一コマでしかありませんでした

それを知ったのは母が他界して弟と妹の幼い兄弟が残された後でした



近くに団栗の木があって大きな実を落としていました

傷一つない綺麗な団栗はままごとの道具になったり

マッチ棒をさして団栗独楽を作り弟と競いあったものです

ゲーム機に夢中になって遊んでいる今の子供たちからみれば

まるで原始時代の昔話のようなものです



壁のむき出しになったままの外壁に穴が開いていることは

弟も私も知っていました

ある日、そこに団栗が詰め込んであるのを発見したのです

すぐ、弟の仕業だと判りました

弟のその所作が子供ながらも可笑しくてそのままにして於きました

父にそっと教えてあげたのですが、そのままにしておいてあげようと

二人で笑ったのでした



母亡き後は、幼い妹をおぶって

裸電球の下で父の帰りを待ちながら

塩だけをまぶしたおにぎりを弟の為に作ったことが思い出されます



大人になった弟が

「姉ちゃんが作ってくれた塩おにぎりの味が忘れられない」と

妹に話しているのを聞いた時、私は弟夫婦が建てた真っ白な家のキッチンに立っていました

キッチンにいて良かったと思います

ポロポロ流れる泪を弟にも妹にも見られたくなかったからです



他にも、小笠原和夫先生にも佳作入選で採っていただきました

   『壁穴にどんぐり詰めてありにけり』   今井 聖 選    推薦

                            小笠原和夫 選  佳作

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by kondoumako | 2013-12-26 03:55 | 俳句

25年度入選句そしてお気に入り画像

25年度の入選句をまとめてデジブックにしてみました

今年は少なかったのでもっと精進しなくては^^;

そして、今年のお気に入り画像を少しだけ載せました


音量に気を付けてご覧くださいね


Published by デジブック

あ、それからね

この画像、「お恵姐さん」が撮ったものなんですが





今回、入選句とのコラボに登場させました

それはね・・・・・makoのバックを首にかけて貰ったお礼の気持ち・・・・^^

aha !!

満足?

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by kondoumako | 2013-12-05 16:06 | 俳句

角川平成俳壇9月号入選

私が初めて登山をしたのは小学5年生の時でした

今、振り返ると大変なことを恩師は決行されたものだと思う

それから〇十年の時を経てまたその同じ山に登ることになるとは

想像もしなかったことでした



山ガール大和撫子楚々おかよちゃんの存在も大きかった

高校時代の級友おかよちゃん

大和撫子楚々お嬢様

色白の物静かなおかよちゃんが山に取りつかれていると知ったのはクラス会の時だった

「竜」にも登ことあるの?

何気に聞いたのがきっかけでmako「竜」への2度目の登山チャンス到来となった

頂上に立った時の達成感、開放感、清涼感をたっぷり味わい

何か、自分に自信も持てた登山だった

シロヤシオの紅葉を、眼下に、目前に、何を観ても、本当に感動ものでした

昨年の秋のことでした

黙々とひたすら頂上目指すおかよちゃんの背中を見ながら

後を追うmakoたちは時々、登山、下山者、に道を譲り合った

同行の恒子姉さんの合図でもって

速やかに身をかわして道を譲る体制に入るのである

なだらかな稜線ならまだしも時には急な坂道で足元も悪いこともある

何とか自分の身の置き場の確保に入るのですが

気が付けばmako思わず木にしがみつくようにしていたのでした^^;





それから今年の5月に

今度はシロヤシオの花を観たくて再び頂上に立ったのでした

コースは滋賀県側から入りで、ピストン下山

シロヤシオの花は頂上から観ると羊が群れているように見えるので

「羊さんはいましたか?」

それがすれ違う人の挨拶のようでもありました^^



勿の論で今年の秋には3度目の挑戦を計画しています^^v

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by kondoumako | 2013-08-26 06:18 | 俳句

生きる糧

皆さんは「俳句」って言うとどんなイメージをお持ちでしょうか~?

古臭い、年配のそれも暇を持て余している人の文学、いや文学めいた言葉の遊び、

などと定義付けられるでしょうか?

何を隠しましょう

まったくもって私がそうでした^^




ここに8月号の角川俳句の記事を紹介します

 『ランドセル俳人の五・七・五』

本書の著者は、この春6年生。小学生俳人として、注目されている小林凛(俳号は小林一茶にちなむ)

    ★ 老犬の居たあとぬくし星月夜

    ★ 風花を部屋にまねいて日曜日

これらは8歳から11歳までの作品だ。

どれも生活実感から出発した素直な感動が、的確な季語と文語表現によって、魅力的な作品となっている。

 凛君はひどいいじめを受けて不登校となり俳句を始めた。

そして今では「学校に行けなくても、俳句があるから僕は生きていける!」

と語るほど、俳句はかけがえのない存在になっている。

 凛君が9歳の時、投稿した <紅葉で神が染めたる天地かな>が、朝日俳壇の長谷川櫂 (東大卒) 選に初入選。

以来、入選を重ね、その才能は同新聞で大きく紹介され、凛君は話題の人となった。

   

  ★ 生まれしを幸かと聞かれ春の宵

ある夜、祖母が凛君に「生まれて来て幸せ?」と、つい聞いてしまった時、

「変なこと聞くなあ。お母さんにも同じこと聞かれたよ」と、この一句を詠んでみせたという。

春の宵、そこにはあたたかでゆったりとした時間がながれている。

「大丈夫、幸せだよ」という声が聞こえてきそうだ。

この句からは春愁も感じる。こうした季語を配する感性はとても大人びていると思う。

 俳句だけでなく、本書には著者の成長を見守ってきた母と祖母の文章も載っており、

凛君の将来を祈る深い愛情に胸を打たれる。

・・略・・

(凛君をいじめていた子がこの本を読んで謝ってきたそうです^^v)



 本書の中に「魔法の小石」という話が出てくる。

旅の男が神のお告げで道端の石ころをなるべく沢山鞄に詰め込んで行けと言われる。

不満に思った男は、石を数個しか拾わず目的地に着き鞄を開く。

すると石はダイアモンドに変わっていた、という内容だ。



俳句も何でもない石ころを言葉によって輝かせる。

いつかいじめという辛く重い石ころさえも人生の糧となって凛君の力となることを信じたい。

凛君が大好きだという小林一茶も人生の大きな苦しみを経て人々の心を打つ

優しく大らかな句を生み出したように

   by  蘭草慶子著



この記事からとっても深い感銘を受けました

蘭草慶子さん、ありがとうございました~



makoこれからも精進いたす決意を新たにし、励んでいきたいと思っています

なぜならそれはmakoにとっても俳句は「生きる糧」だからです





『ランドセル俳人の五・七・五』を読んでみたいと思っています。

新刊ですが、このような本はバイヤーさんに予約しないと手に入らないので

早速行ってこようっと^^♪




ではではまた~^^

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by kondoumako | 2013-08-03 11:37 | 俳句

角川平成俳壇8月号入選句・「燕の子」

病弱で床に臥していることが多い父でした

私が養女になってから、仕事に就いていたのは1、2年のことだったように記憶しています



体格が良くて、頭も良くて、養母自慢の父でした

父の母親は、その昔、バケツなどの家庭用品には不自由しなかったと聞きました

運動会にはひっぱりだこ、景品は独り占め^^v

母子家庭に育った父は頼もしい存在だったと聞きます

そんな父が晩年を床に臥して過ごすことになるとは誰もが予想しなかったことでした


さぞかし悔しい思いをしていたことと今になって

父の気持ちが少し解るようになってきました

そんな父の楽しみにしていることがありました

毎年、やってくる燕が巣作りをして子燕が巣立ちしてゆく様を見届けることです



「今年もうちにやってきてくれた」と喜んでいました

父の部屋からは燕の巣が見えているわけではないのですが

雛がかえったことや、親ツバメが忙しく餌を運んでいることは

耳をすましていれば手に取るように判ったようです



ある日

学校から帰ると父が玄関に立ち

燕の巣を見上げていました

子燕たちが赤い口を揃って開けていました

コーラス隊のように私には見えました

父は子燕の数が欠けていないことを確かめると嬉しそうにしていました

ただそれだけの情景ですが今でもありありと浮かんできます



こうして

在りし日の父母を偲んで句に残してゆくことが私の務めだと思っています



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by kondoumako | 2013-07-27 09:05 | 俳句

角川平成俳壇7月号入選句



養家の前には小川が流れていた

夏には蛍がわんさか乱舞、網戸にとまり、暗くして開けておけば平気で部屋の中まで^^

それに崖のような斜めの土地に建てられていた家は1階なのに

二階のようなたたずまいを思わせ、下を流れている川を見下ろせば

どこかの宿に来ているような感覚であった



母はその小流れでよく洗い物をしていた

私が養母を思い出すとき

なぜか、その川で洗い物をする母の背ナから始まる



画像は昨夕方、なばなの里の、紫陽花、菖蒲園の中の小流れである

私はこの場所が好きで、まずここに立って遠い昔になってしまった全てのことを思うのである

菖蒲を見れば母の着物を思い出す

紫陽花を見れば実母のことを思い出だす

昔、実父が花瓶に見立てた青竹にピンクの紫陽花を無造作に一本投げ入れてこう言った

「母ちゃんは、紫陽花が好きやった」

畑にはこんもりとした紫陽花が雨に揺れていた



小流れ、菖蒲、紫陽花

この時期のなばなはどれをとっても

私の心の故郷なのです
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by kondoumako | 2013-06-26 21:36 | 俳句

3ヶ月ぶりの入選です

俳句、3ヶ月ぶりの入選です

俳句人生始って以来のスランプ時期でした

季語、紙ひひな=紙雛のことです



句意については書くことができません

この句自体も随分前に出来ていたものですが

今年になってやっと投句の気持ちになった次第です



5年くらい前のことになりますが、悲しい出来事でした

「紙雛を折って棺の中に納めた」

・・ただそれだけのことですが・・

紙雛を「折る」、それを何所かに「飾った」のでなく

・・棺に「納めた」・・

この意外などんでん返しが意表をついて佳句になったのだと思います

亡くなったのは誰か、どんな思いで雛を折ったか

「入れた」のではなく「納めた」と

書いた気持ちをこの句から読み取ってくだされば嬉しく思います



さて、昨日から東海地区も梅雨入りになりました

1ヶ月半も続くそうです

雨は嫌いじゃないですが、長雨や、豪雨よる被害が出ないことを祈ります
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by kondoumako | 2013-06-01 07:45 | 俳句

2013年2月号角川俳句

今月は1句のみの入選となりました

ですが、1句に対して3人の選者先生が採ってくださり

その内の一人の先生が「秀逸」で採ってくださったことはやはり励みとなりまする^^

先月も秀逸入選をいただいてますから(小鳥来る)

2ヶ月連続の秀逸入選は、まさかのことでした

実を言うと見落としていました^^;

ブロ友さんの書き込みをいただいて知って「えっ?どこどこ?」

慌てて探した次第です^^♪

お昼休みに買いに行き、車中でおにぎりをほおばり

社に戻ってパラパラめくりで自分の名前を探すということをしています

で、家に戻ってからゆっくり確認します

なので、見落としていたりするんですね^^;



今月も人事俳句です

しかも1句に父と母を二人とも登場させました^^v

さかのぼること、以前の入選句でこんな句があります

「父の来て案山子にラジオ掛けにけり」

今回の入選句はその句の姉妹編と言ったところです

何故なら、その案山子は母が作ったものだったからです



庭先で、白い布(あれはきっと手拭の古いものかな)を

顔に見立てて丸くしたものに母が絵を描いていました

何だか愉しそうにしていたのを思い出します

それもそのはず「おぉ~それ、俺か?」

そう言いながらもまんざらでもないような父

それを嬉しそうにしていた母

両親の愉しそうな景が思いだされます

ささやかな、それも、数少ない幸せな景がそこにありました



今では案山子も見かけなくなって久しいですが

それでも農村で案山子らしきものを確認すると

車から降りてわざわざ観に行きます

案山子の顔を確認します

時に、のっぺらぼうだったりするとがっかりします

そうやって、案山子を探していたりする私がいる訳です

滑稽でしょ^^



他に、伊藤伊那雄氏、伊藤敬子氏からも佳作入選をいただきました
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by kondoumako | 2013-01-27 02:27 | 俳句

妹とラグーナビーチにて


by kondoumako